お侍様 小劇場 extra

    “梅雨にはつきものの…” 〜寵猫抄より
 


六月に入ってからこっち、
北海道以外は、雨がいっぱい降る“梅雨”という季節であるらしいのだが、
蒸し暑さこそ増したものの、
さほど…毎日のように雨ばかりが降るという気候でもないような。
湿っぽい温気が始終垂れ込めていて、
仔猫さんも何とはなく落ち着けないのか。
ヒゲやらお顔やらを、小さなお手々でこしこしと擦って見せる機会も増えたが。
篠突くような雨がザアザアと降りしきるところまでの、
嵐のような驟雨には、まだまだお目にかかってはいない。
そんなせいもあってのことか、

 「…あれ? 久蔵?」

島田せんせいが執筆中は、
七郎次お兄さんといい子で遊んで待っているのが日課の久蔵。
以前は素直に一緒にいたものが、
このところは時折、妙な悪戯心を発揮する彼であり。
ちょろっと眸を離した隙なぞに、
こそりと身を隠してこちらを伺っているという、
隠れんぼうもどきを仕掛けて来るよになっており。
まだまだ幼く、あんまり達者な足取りじゃあないはずなのに、
そういうことにだけは素早さが増すものか。
リビングのお隣りのダイニングまでとか、
誰か来たらしいので玄関までとか。
ちょっと待っててねと、
金髪長身、そりゃあ見目麗しき秘書殿が、
小さな家人へ断ってのその場を離れると。
愛らしい目許を“にゃにゃ♪”という悪戯っぽい笑みにたわませて。
妙に心弾ませた足取りになっての、
そこがリビングならば、ソファーの後ろやくず入れの籐の籠とか。
庭にいたなら、幾つもある茂みのどれかへ。
サササッと素早く隠れてしまう悪戯を、
どうやってか覚えてしまった、最近ちょみっと悪い子の久蔵だったりし。

 “……にぁん♪”

困らせたい訳じゃないのよ?
もっともっとシチと遊びたいだけvv
どこにいるか判るかな?って、
こそこそこそって隠れた後で見ちゅかるとね、
もうもう探したんだからって抱っこしてくれて。
好き好き好き〜って、いつもよりいっぱいぱい、
頬っぺぐりぐり〜ってしてくりるシチだからvv
だからね? あのね?
早く見つけてほしい隠れんぼうなのvv

 「久蔵? どこ行った?」

今日はお庭に出てたところにピンポンが鳴ったので、
七郎次がたかたか速足で出てったの見送ってから、
ちょっぴり奥のほうの葉っぱの陰へと駆け込んだ久蔵で。
春になってから茂り出した青々した葉っぱは、
小さな仔猫を簡単に隠してしまい、
元気のいい枝の陰、きゅうと丸まってもぐり込んだ久蔵、
口許を小さなお手々で蓋しての、じっとお声をこらえたまんま、
お庭のあちこち、軽快な足取りで歩き回ってるお兄さんを覗き見る。
あ、あ、凄い近くだ。
判んないの? そかそか、ちょっとだけ雨こんこ降ったから。
おみじゅのによい、つんとしゅゆから。
そいでシチには、此処だよって判んないのかな?
小さくて丸ぁるいお膝に顎を乗っけて、
すぐ目の前を通り過ぎたお兄さん、まずは視線でだけで見送ってみた仔猫さん。
この隙にリビングの窓まで行ってよかな。
見ちゅけてくりないのも ちゅまんないしと、
ここまではちょっぴり余裕でいた仔猫さんだったのだけれども。

  “……え?”

葉っぱの向こうを見ていたその視線が、
すぐ間近の葉っぱへと焦点を結んだその途端に、


  
みぎゃあぁぁ……っっ!


にあにゃあ、にゃあにゃあっ。
聞きなれたお声ながら、尋常じゃあないトーンにて。
それはそれは焦ったような鳴きようをしているのが、
さすがに七郎次の耳へも届いた。

 「…え?」

何だ何だとすみやかに来た方へ戻って見れば。
あたふたと這い出て来てのそのまま、
紫陽花の茂みの前へと敷き詰められてた芝草の上へ、
お顔から突っ込むようになっての倒れ込んだおチビさんが見えたのへ、

 「久蔵っ!」

息が止まりそうになりながら、
それでも大きなお声を出したことで、その場へ凍りつくのだけは免れて。
何があったかと、こちらさんは純粋に驚き焦って駆けつければ、

 「みゃあぁ。」

それが仔猫の姿なら、なんら不思議はない格好だが、
小さな坊やがそんなするのは、初めて見たぞの四ツん這い。
そこまで焦っているらしい慌てようにて、
飛び出して来た茂みから、早く離れようとする様へ、

 「久蔵、どうした?」

ほら、こっちだぞと駆け出せば、向こうでもこちらを認めたか、
それでも身体の動きが侭ならないらしく、

 「にぃあ、みゃあぁっ。」

早く来て、抱っこしてと、
愛らしいお顔を歪め、懸命に小さな手を伸ばす様子の何とも痛々しいことよ。
勿論のこと、
何でもない仕草へでも“惚れてまうやろvv”と身もだえしてしまうほど、
小さな王子へ心酔しておいでの七郎次お兄さんが、
こんな悲痛な様子の坊やへ、心動かされぬはずがない。
あんまりにも小さな相手へと、
駆け寄りながら抱え込んでやろうとしてだろ、
ぐんと姿勢を低めたその結果。
お気に入りのデニムのパンツの足元からお膝から、
ずぶ濡れの台なしにしちゃったけれど。
そんなの大したことじゃあないと、

 「久蔵っ。」
 「にゃあにゃっ!」

小さな小さな王子を掬い上げるようにして懐ろへ。
そのままその場で抱きしめると、
小さな仔猫の総身ががたがたと震えているのが伝わって来、

 「久蔵? 何があった?」

いつもやんちゃでお元気で、
自分が大嫌いなあの黒いのまで追っかけようとするほどに
(笑)
今のところは怖いものなしの坊やな筈が。
一体、何を見てこうまで怯えているのかが、七郎次には判らない。
そういえば、いつぞや庭へと迷い込んだレトリバーへ、
ちょみっと怯えたらしかったけれど。
あれはまま、犬が相手だったのだし、
それに…そんな大物の姿はどこにもない。

 「久蔵?」
 「みゃあっ!」

あああ、こういう時こそ、
口が利けない彼なのが、焦れったいやら まだるっこしいやら。
小さな肢体をぎゅぎゅうと抱きしめ、
何が怖いの? 何へ驚いたの?
何にも怖かないよ? ほぉら、こうしてれば誰も近づけないでしょう?と。
何とか落ち着かせようとした矢先、

 「……っ! にゃあぁっ!」

ぼた…という ちょっぴり重みのある音がすぐの間近でしたのと同時、
腕の中の仔猫がうわあっと再び暴れだし。
そういう反応があろうと思いもしなんだまま、
音がした方、座り込んでた自分の膝の少し先を、
自然な反応で見やった七郎次の視野へと入ったものはというと。
淡い灰緑っぽい褐色で、ぬめぬめと濡れた全身、
平らかな巻き貝の如き風貌をした、


  「……かたつむり?」


  だったそうでございます。





      ◇◇◇



そういえば久蔵は、秋生まれらしい仔猫なので、
この時期のあれやこれやを知らなくても仕方がなくて。

 「鼻先に見たこともない軟体動物がぬめりといたのが、
  相当に気持ち悪かったのでしょうね。」

ゴキブリは平気なんですのにねぇと。
こちらも仔猫の悲鳴を聞いて書斎から出てきた勘兵衛と二人、
リビングにて小さな和子の怯えようをよしよしと、
優しいおっ母様がお膝へ抱えての宥めてやっておいで。
隠れんぼうも投げ出すほど怯えてからのこっち、
相手の腕へ幼い爪を立てんとするほどの必死な様子で、
七郎次にしがみついたまま離れない久蔵であり。

 「こりゃあ当分は庭へ出たがらぬやも知れぬな。」
 「おやそれは…。」

勘兵衛の呟きへ、
雨催いな間は助かりますが、そんな理由でというのはちと困りますねと。
金髪美形の秘書殿、きれいな眉を困ったような形に下げて見せる。とはいえ、

 「〜〜〜〜〜〜。」

自分のお膝へ見下ろしたふわふかな綿毛が、
いかにも目に見えて震えている様は、
さすがに可哀想だとしか思えない七郎次。
自分へとすがりつく坊やの、
柔らかくしなった背中をそろりそろりと撫でてやりながら、

 「まあね、何か苦手があった方が可愛げもあるってもんでしょし。」

怖い怖いのは雨のお湿りに誘われて出ただけですよ。
からりと晴れが続く頃合いになれば、体が乾いてしまうとばかり、
庭からもいなくなってしまいますと。
通じているやらどうなやら、優しい声音で紡いであげて。

 「………みゅう?」

おずおずとお顔を上げた坊やを覗き込み、
うんうんと、確信ありげな態度を見せてやれば。
いつでも泣き出しそうなくらい、きゅううと寄せてた眉がやっと、
ほんのちょっぴり平らかになって。
はうとついた吐息ごと、も一回、今度は暖まるためにゃと
七郎次お兄さんのお膝へ、丸ぁるくなってのうずくまる。
小さな肩も、薄い背中も、何とも言えずの愛らしく。
この王子の平安を脅かすものがあるのなら、
何が来たって守りましょうぞと。
そんな決意をしたらしき秘書殿の、
必要以上に凛々しい横顔へこそ、微妙に呆れてしまいつつ。

 「話題に上らせぬのが一番手っ取り早いのではないか?」

勘兵衛としては、その方が自然に忘れようにと思ったらしい。
ただでさえ昼間は久蔵に偏り気味の古女房。
過保護もそろそろ、少しずつでいいから辞めた方がと、
暗に言いたかったらしいのだが、

 「勘兵衛様はご自身に苦手がないから、こういう不安がお判りになれないのです。」

暑いのも寒いのも平気だし、雷も怖くはない。
虫の類も全部平気で、勿論のこと動物は大好きでおいで。
体力も腕力もおありで、弁も立つからと、喧嘩でも口論でも負け知らず。
PCだって操作できない訳じゃなし、
オーディオの接続や配置は得意中の得意でおいで。
お裁縫は不得手なようですが、着るものには不自由なさってない訳ですし、
その代わりのように、
ちょっとした棚や箱なら、小1時間もかけずに作ってしまわれるし。
お酒もお強くて勧められても苦にならないし、
甘い物はお口に合わないようですが、たいがいは食べずに済ませられるもの、
困るほどの苦手のうちには入らない…と、
そんなことをば、数え始めた七郎次であり。

 「いつだって泰然と構えていられるのですものね。」

そんなお人には、弱みがある者の心細さは判りませんよと、
久蔵にかこつけて、何だか別なところの憤懣までも、
ここぞとばかり持ち出しているような彼だったので。

 「そうはいうが。」

勘兵衛としては、そんな彼なりの言い分もあるようで。
何ですよと、ちょいとへの字にした口許を見せつけつつ、先を促せば。


 「儂にしてみりゃ、
  お主らがそんな風に元気がないのを、見ているだけで辛いのだがな。」

 「  ………。」


責め立てられたのを、筋違いだと思っちゃあいない。
成程、腹も立とうよと、そっちへは触れぬまま。
我が身のことではないからこそ、手を下せぬのが歯痒いとでも言いたげに、
それもまた率直なお心もちからのことだろう、
精悍なお顔を微妙に曇らせておいでの御主であり。


  ―― 勘兵衛様。
     ………。
     そのようなお顔をしないでくださいませ。
     では、久蔵もお主も早よう元気になってはくれぬか?
     頑張ってみますvv ねぇ? 久蔵。
     ……みゃあ。


窓の外では薄日も差して、
優しいお膝にしがみついてた坊やの背中を照らし出す。
何だかまだまだはっきりしない、今年の梅雨であるらしいですが。
またぞろ てるてる坊主さんでも下げるもよし、
早く夏来いと、お願いしてみては…と、
軒先をついとよぎったツバメが囁いた、昼下がりの一コマでございまし。






  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.06.26.


  *拍手お礼のほうで展開させたお話に微妙に続いてるかもですが、
   単体で読んでも大丈夫だったでしょう?
(ドキドキ)

   かたつむりはテレポートするというお説があって、
   鈍い鈍いと高をくくって油断していると、
   ちょっと目を離した隙に見失うことがあるので、
   そんな表現をした人がいたのでしょうが。

   「…勘兵衛様、それ、久蔵には言っちゃダメですよ?」
   「あ、おお。判っておる。」

   また一騒動になりかねませんものねぇ。
(笑)


  *ところで、勘兵衛様には“儂”と言わせている当方ですが、
   PCのほうに辞書登録してないもんだから、
   書き間違えてた時は探すのが結構手間取るんですな、これが。
   そいで、他で書いてたのをコピーしてやろうと探したら、
   意外や意外、このお猫さんのお話の中でこそ、
   一番多く“儂”と言ってた勘兵衛様でして。
   ……現代物なのになぁ。
   しかも“島田さん”チの勘兵衛様より2、3歳若いって設定にしてるのに。
   うう〜ん、謎です。
(笑)

めるふぉvv めるふぉvv

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